高松地方裁判所 昭和36年(ワ)114号 判決 1962年11月30日
原告 浜田幸助
被告 小磯漁業協同組合
主文
原告の請求はいずれもこれを棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は(一)被告組合が昭和三四年四月六日開催の組合総合においてなした原告を除名する旨の決議は無効であることを確認する。(二)仮りに右除名の決議が無効でない場合は、右決議を取消す、(三)被告は原告に対し金一〇万円及びこれに対し昭和三六年五月一四日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え、(四)訴訟費用は被告の負担とする、との判決、並びに右(三)、(四)項につき担保を条件として仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、
一、被告組合は水産業協同組合法に基いて昭和二四年八月設立された漁業協同組合であり、原告は右組合設立以来の組合員である。
二、被告組合は昭和三四年四月六日開催された総会において、原告が昭和三三年から昭和三四年にかけて水産業関係法規を無視し、県知事の許可を受けない水域において密漁をなした事実が被告組合定款第一四条第四号に該当しかつ他の法令にも違反することとなつたためこれを事由として原告の除名の決議をなした。
三、しかしながら右決議は次の理由により無効である。即ち
(一) 組合員除名の決議は特別決議事項であるからあらかじめ被除名者に対し、弁明の機会を与えなければその決議は無効であると解すべきところ被告組合は前項の決議の際原告に対しなんら弁明の機会(組合定款第一四条第一項)を与えないから右決議は無効である。
(二) 前記総会は水産業協同組合法第四一条第三項に違反する。即ち組合員に対しその会日の一〇日前までに、その会議の目的たる事項を示した総会通知をなさずに開催された総会による決議は無効であると解すべきところ右総会招集通知は右期間をおかずかつその通知には原告の除名に関する事項を記載しなかつたから右決議は無効である。
四、仮りに右除名決議が無効でないとしても、除名は被告組合定款第一四条第二項所定の規定により、被除名者たる原告に対しその旨通知をしなければその効果をもつて原告に対抗しえないものと解すべきところ被告の原告に対する除名の通知は昭和三五年二月二〇日頃なされたものであるから、それより以前は原告は被告組合の組合員たる資格を保有した。
五、また仮に右第三項(一)、(二)記載の事実が無効理由にならないとしても、それは取消し得べき事由に該当する。
六、原告は、被告組合の組合員四三名をもつて組織する通称ボラ組合の組合員であり、同組合は共同出資によりボラ網を共有し、被告組合名義で許可を受け漁期(毎年一二月頃)には共同出漁しそれによる水揚げは一定比率で分配する定めであつたところ、被告組合は前記除名以来原告の共同ボラ漁出漁を拒否したため原告は、その漁業による収益を得ることができず次の如き損害を受けた。しかして右除名の決議は前記の如き違法理由で無効若しくは取消さるべきものでその効果は既往に遡るから、そうでないとしても除名の対抗力が発生した昭和三五年二月二〇日までは原告は組合員と同一地位にあつたからこれまで被告組合は原告の受けた除名決議以来の右損害を賠償すべき義務がある。
(一) 昭和三四年一二月、原告は右ボラ漁に共同出漁(原告の二男浜田幸一を原告の代りとして)し約八〇貫(金四万円相当)のボラを水揚げしたところ右除名を理由にその全部を被告に没収されたが、若し除名がなかつたならば原告は右水揚高の五割に相当する金二万円の利益分配を受け得る訳である。従つてこれにより原告の得べかりし利益の喪失額は右と同額である。
(二) 昭和三五年の漁期には二回のボラ漁出漁があり組合員一人合計金六万円相当の水揚げがあつたところ、原告はこれに出漁できず従つて同期における原告の得べかりし利益の喪失額は金三万円(五割配分)である。
(三) 原告は祖父の時代からの漁業を承継しこれを主たる業務としてきたところ、被告組合の右除名により原告の生涯をかけた右漁業にも従事することができずかつ他の漁民からも冷視されるに至つたためその精神的苦痛は甚大である。よつてその慰藉料は金一〇万円が相当であるが本訴ではその内金五万円を請求する。
以上被告の除名決議により原告の受けた損害は合計金一〇万円となる。
よつて原告は被告組合のなした前記除名決議の無効であることの確認若しくはその取消並びに被告に対し損害賠償として金二〇万円とこれに対し、履行期経過後(訴状送達以後)である昭和三六年五月一四日から支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める、と述べた。<証拠省略>
被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として原告主張の請求原因事実中前掲第一、二項の事実及び第四項の除名通知の日並びに第六項のうち原告がその主張の如きボラ組合の組合員として共同出資によるボラ網の共有者であり毎年の漁期に共同出漁する事実などは認めるがその他の事実はすべてこれを争う、と述べた。<証拠省略>
理由
原告が水産業協同組合法によつて設立された被告組合の組合員総会の決議無効確認とその取消を求めるものであることはその請求の趣旨により明白である。そこで先ず斯様な訴が許されるか否かについて検討する。商法第二五二条は総会決議無効確認の訴を許容し、更に中小企業等協同組合法はその第五四条により右商法の規定を準用しているが、農業協同組合法及び水産業協同組合法は右の如き準用規定を欠いている。けだしこれは水産業協同組合法による組合は性格上利益的面よりもむしろ公益的色彩を帯有することから同法第一二二条ないし第一二七条により行政庁から厳重な監督を受けることによつてその運用の公正が担保されるからであつて、右商法の準用規定のない水産業協同組合法上の組合については、その決議無効は訴によらずしてこれを主張しうるものであり過去の法律関係にすぎない決議の無効自体を独立した請求として訴求することは確認の利益を欠くものと言わねばならない。また、決議取消の訴についても、水産業協同組合法には規定がなくかつ商法第二四七条も準用していないところ同組合法第一二五条(農業協同組合法第九六条)の規定によれば、商法第二四七条所定の瑕疵が存する場合組合員は監督行政庁に対しその決議取消を求めうる旨規定していること、及び前記協同組合の法的性格を併せ考えるとたとえ決議に違法があつても直接裁判所に対し決議取消を求める民事訴訟を提起することはできないものと解するを相当とする。従つて、原告の決議無効確認及びその決議取消の申立は主張自体失当たるを免れない。しかし右無効、取消の主張は現在の法律関係に影響を及ぼす限りその前提問題としてはこれを主張しうるところ原告は右決議無効、取消を原因とした損害賠償の請求をなしているからこれとの関連においてのみ以下決議の無効取消について判断する。
被告組合は水産業協同組合法に基き昭和二四年八月設立された漁業協同組合であり、原告は被告組合設立以来の組合員であること、原告が昭和三三年から昭和三四年にかけて水産業関係法規を無視し、県知事の許可を受けない水域において所謂密漁をなしたこと、この事実が被告組合定款第一四条第四号に該当するため、被告組合は昭和三四年四月六日開催された総会において原告を除名する旨決議したことは当事者間に争いがない。そこで右除名決議に無効若くは取消し得べき事由があるか否かにつき原告主張の順序に従つて検討する。
先ず原告は、右除名決議に際し原告に弁明の機会を与えていない旨主張する。しかしながら証人池田雪雄、同楠木庄太郎、同楠田市郎の各証言によると、前記認定の如く原告の法規違反の漁業に関し右決議以前より被告組合の役員、その他の組合員から原告に対し右違反行為の差止め要求がありかつこれに応じない場合は組合からの原告の除名を辞せずとする意見が組合員全員の間に起つたので被告組合役員はこのことに関し、しばしば原告と話し合つたこと、右決議をなした総会には原告も出席しており除名決議の議題に入る直前においても原告は自ら任意に自己の意見を述べ得る状況にありかつ、組合もその機会を与えたが右総会において自己の除名問題が検討されることを認識していた原告は一人憤懣の情を抱いたまま除名決議の後右総会の会場から退出したこと、などの事実が認められる。原告本人訊問の結果中右認定に反する部分は信用できず他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。
右認定の事実によると右決議に関してはその総会における決議の直前及び総会日以前から原告は自己の意見を述べる機会を与えられていたからこれが存在しないことを理由とし右決議が無効若しくは取消し得べきものであるとする原告の主張は失当である。
次に証人池田雪雄、同楠木庄太郎、同楠田市郎の各証言及び右楠田証言により真正に成立したものと認められる乙第二号証によると被告組合は昭和三四年四月三日に同月六日開催の総会につきその議題を「マス網の件」と記載した書面をもつて各組合員に招集通知をなしたこと、「マス網の件」の記載は即ち原告の前記違反行為に基くその処分に関する事項を指すものであることは被告組合の組合員ほとんどが知悉していたことなどの事実が認められる。証人楠田市郎の証言及び原告本人訊問の結果中右認定に反する部分は信用できず、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。右認定の事実によると原告の総会招集通知に原告の処分に関する議題を示さなかつたとする主張は失当である。
ところで水産業協同組合法第四一条第三項によれば総会招集通知は会日の一〇日前までにこれをしなければならない旨規定されており、これに違反して開催された総会による決議は無効事由にはならないが所謂取消し得べき瑕疵を帯びるものと解するのが相当であるところ、被告組合の右招集通知が会日の三日前にその組合員に交付されたことは前記認定のとおりであるから形式的に考察すると一応右決議は瑕疵あるものとされてもやむを得ない。しかしながら招集から総会の会日まで右の如き期間を置く理由は、組合員に対しその議題に関し充分なる調査などの準備を構じさせもつて総会決議の適正妥当を図らんとするものであるから、たとえ法定期間不遵守の存する場合でも組合の平素の内部事情などを実質的に考察し期間を存置した右の趣旨に反しない限りこれを適法であると解するのが前記漁業協同組合の法的性格(従つて株式会社と本質的に異るから法定期間の点も形式的画一的に解釈すべきではない)からして相当である。そこで本件をみるに証人池田雪雄、同楠田市郎の各証言によると本件除名決議より数ケ月以前から原告の前期違法漁業に関し被告組合の役員は原告に対し、その中止を申し入れていたが、原告が容易にこれに応じなかつたため昭和三四年二月頃より被告組合の組合員からその役員に対し臨時総会を開いた上原告を組合から除名すべしとする意見が提出されるに及び、ほとんどの組合員の間で平素からこのことが話題の中心となりかつ、議論の対象であつたこと、斯様な状況下で本件総会が開催された訳であるが多くの組合員は右総会の会日を、その一〇日以上前から、その議題も原告の違法漁業を原因とする処分問題であることを知悉していた関係上総会招集の通知もこれを必要としない状態であつたこと、などの事実が認められる。原告本人訊問の結果中右認定に反する部分は信用できず他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。右認定の事実によると被告組合の組合員らには法定の期間以上に当該総会の議題に関する調査のための準備期間が置かれていたから実質上前記の如き法定期間存在の趣旨に反せず、従つて会日の三日前の被告組合の総会招集の通知も違法ではないと言うべきである。以上のとおり右除名決議には原告主張の如き無効若しくは取消を肯認すべき理由は認められず、他にこれを認むべき主張立証がない。従つて無効取消を前提とした原告の損害賠償請求は失当である。
次いで原告の原告を除名した旨の通知がなされた昭和三五年二月二〇日まで原告は被告組合の組合員の地位を保有した旨の主張について判断する。被告組合が原告に対し、原告除名の通知を昭和三五年二月二〇日になしたことは当事者間に争いがない。
ところで水産業協同組合法第二一条第二項但書には組合員を除名した場合組合はその被除名者に対しその旨を通知しなければその組合員に対抗できない旨の規定があり、更に成立につき当事者間に争いのない乙第一号証の被告組合定款第一四条第二項には右通知はその理由を明示した書面によらなければならない旨定められている。従つて右諸規定に拘束される結果被告組合が原告に対してなした除名通知は右の如く昭和三五年二月二〇日であるから(たとえ除名決議の際その場所に原告が在席し決議の内容を知つていたとしてもこれをもつて通知に代えることはできない)除名決議以後同日までは被告組合は原告に対し右除名を対抗することができず被告組合は除名を理由に原告が従前の地位に基いてなす共同出漁などを拒否することはできない筋合であるから被告組合が原告の業務を阻害しそれによつて原告に損害を与えた場合は被告組合は不法行為上の責任を免れない。そこで原告の右の如き理由による損害の有無につき判断するに原告が被告組合の組合員四三名をもつて組織する通称ボラ組合の組合員であり毎年一二月頃ボラ漁に共同出漁することは当事者間に争いがない。先ず原告主張の前掲請求原因第六項(一)の損害につき案ずるに証人浜田幸一の証言及び原告本人訊問の結果によれば原告の二男浜田幸一が原告に代り昭和三四年一二月頃出漁して得たボラを被告組合から没収されたことは認められるがその漁獲量及びこれによる原告の受けるべき利益の点については、右浜田幸一の証言中にはこれに副う供述はなく更に原告本人訊問の結果によると右の点を肯認させる如き供述があるも右は伝聞及び推測的範囲を出ないから、これはにわかに事実確定の資料とすることはできない。従つて、同項の請求は失当である。更に原告は請求原因第六項の(二)で昭和三五年度の漁期における損害賠償を主張する。しかしながらボラの漁期は毎年一二月(一〇、一一日)であることは前記認定のとおりであるところその漁期は前記の如く被告組合から原告に対し除名通知がありそれによつて原告は被告組合の組合員としての地位を完全に失つた後のことであるから原告がこの期に出漁できないのは当然であつて、被告組合のために受けた損害と言えないことは明白である。
なお原告は慰藉料を請求しているが、前記の如く、除名の決議が無効若しくは取消し得ないものである限り、この請求権の発生しないことは言うまでもない。
以上判断したとおり原告の被告組合のなした除名決議の無効若しくは取消の主張は、訴の利益を欠くためそれ自体として、更に無効、取消を前提問題とした損害賠償の主張は右無効、取消の理由を認め得ないため、また対抗要件欠缺による損害賠償の主張はその損害に関する立証がないため、いずれも失当である。
よつて原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 伊藤俊光)